2棟目、3棟目と資産を増やしていく段階で、必ず出てくる論点があります。法人化です。
「法人にしたほうが節税になる」という話は、多くの方が耳にしています。しかし、いつ、どのように法人化すべきかを整理できている方は多くありません。
結論からお伝えします。法人化は「節税」よりも「拡大」の手段として考えるべきです。そして実務上、より重要な問いは別にあります。
「いつ法人化するか」ではなく、「何棟目から法人で買うか」です。
理由は単純です。すでに個人で持っている物件を法人へ移す作業には、大きなコストがかかるからです。最初から法人で取得しておけば、そのコストは発生しません。
この記事では、法人化の判断基準を、税率構造・拡大戦略・移転コストの3つの視点から整理します。
なお、本記事は一般的な情報の整理です。個別の税務判断は、必ず税理士にご相談ください。
なぜ法人化が節税になると言われるのか
まず、税率の構造から確認します。個人と法人では、所得に対する課税の仕組みが根本的に違います。
個人は累進課税です
個人の所得税は、所得が増えるほど税率が上がる累進課税(所得に応じて段階的に税率が上がる仕組み)です。住民税10%を加えると、負担は次のようになります。
| 課税所得 | 所得税率 | 住民税を含めた概算 |
|---|---|---|
| 195万円以下 | 5% | 約15% |
| 330万円超〜695万円以下 | 20% | 約30% |
| 695万円超〜900万円以下 | 23% | 約33% |
| 900万円超〜1,800万円以下 | 33% | 約43% |
| 1,800万円超〜4,000万円以下 | 40% | 約50% |
| 4,000万円超 | 45% | 約55% |
※控除額は考慮していない概算です。実際の税額は個別の状況で異なります。
法人は比例的です
一方、法人の税率は所得に比例して跳ね上がることがありません。資本金1億円以下の中小法人の場合、年800万円以下の所得に軽減税率15%が適用されます。800万円を超える部分は23.2%です。
法人税・法人住民税・事業税などを合わせたものを実効税率と呼びます。この実効税率は、課税所得800万円以下でおおむね21〜23%程度です。800万円を超える部分では、おおむね33〜34%程度とされています。
だから「課税所得900万円」が目安とされます
この2つを並べると、分岐点が見えてきます。
個人の課税所得が900万円を超えると、所得税率は33%になります。住民税を含めると約43%です。一方、法人の実効税率は800万円超でも33〜34%程度です。
課税所得900万円を超えるあたりから、法人のほうが税率で有利になる可能性が出てきます。これが、よく言われる目安の根拠です。
ただし、これはあくまで税率だけを比較した話です。後述するコストを含めて判断する必要があります。
概算で比較すると、差はこうなります
数字で見たほうが分かりやすいので、簡単な例で確認します。
給与所得による課税所得が700万円ある会社員の方を想定します。この方が、不動産所得500万円を新たに得た場合を考えます。
個人で保有した場合
課税所得の合計は1,200万円になります。追加された500万円には、上の税率表の高い部分が適用されます。
| 追加所得の区分 | 金額 | 税率 | 税額 |
|---|---|---|---|
| 700万円〜900万円の部分 | 200万円 | 約33% | 約66万円 |
| 900万円〜1,200万円の部分 | 300万円 | 約43% | 約129万円 |
| 合計 | 500万円 | – | 約195万円 |
法人で保有した場合
同じ500万円が法人の所得になります。800万円以下ですから、実効税率は22%程度です。税額は約110万円となります。
差額は年間で約85万円です。
ただし、この差額がそのまま手元に残るわけではありません。法人には毎年のコストがかかります。均等割が約7万円、税理士報酬が20万円から30万円程度です。
これらを差し引くと、実質的な差は年間50万円前後というイメージになります。
※復興特別所得税や各種控除を考慮していない概算です。実際の税額は個別の状況によって大きく異なります。必ず税理士にご確認ください。
2026年の新しい論点:防衛特別法人税
ここで、直近の制度変更に触れておきます。
2026年4月から、防衛特別法人税が開始されました。法人税を納めるすべての法人に課される付加税です。
仕組みは次のとおりです。基準法人税額から年500万円を控除した額に対し、4%が課されます。年500万円の基礎控除があるため、中小規模の法人の多くは実質的な負担が生じない設計とされています。
また、中小法人の軽減税率15%は、2027年3月末まで延長されています。
投資家として押さえるべき点は1つです。法人税制は変わります。
「今の税率で有利だから法人化する」という判断は、10年、20年の投資期間では前提が崩れる可能性があります。税率差だけを理由にした法人化は、思ったほど盤石ではありません。
制度の詳細および最新の適用関係は、国税庁の公式サイトおよび税理士にご確認ください。
法人化の本当の価値は「拡大」にあります
税率の話をしてきましたが、実務で法人化が効いてくる場面は別にあります。資産を増やす局面です。
1. 所得を分散できます
法人は、家族を役員にして役員報酬を支払うことができます。1人に集中していた所得を複数人に分けられます。
累進課税は、1人に所得が集中するほど不利になる仕組みです。分散できること自体に意味があります。
ただし、実態のない役員報酬は認められません。職務の実態が必要です。
2. 赤字を10年繰り越せます
法人は、欠損金(赤字)を10年間繰り越せます。個人の青色申告の繰越期間は3年です。
新築アパートの取得初期は、経費が先行して赤字になることがあります。この赤字を長く使えるかどうかは、複数棟を運営する段階で効いてきます。
3. 融資の考え方が変わります
これが最も実務的な論点です。
個人で融資を受け続けると、どこかで頭打ちになります。年収や既存の借入額を基準に、個人としての与信枠が判断されるためです。
区分マンション投資で拡大が止まる構造については、区分マンション投資で資産拡大が止まる理由でも解説しています。
法人で保有する場合、金融機関は法人の決算内容を見ます。事業として評価される形になります。ただし、設立間もない法人には実績がありません。代表者個人の属性と連帯保証が前提になるのが一般的です。
法人化すれば無条件に融資枠が広がる、というものではありません。この点は誤解が多い部分です。
金融機関の評価軸については、銀行評価目線で動き出す新築アパート一棟投資の考え方をご覧ください。
4. 次の世代へ渡しやすくなります
個人で複数の物件を持っている場合、相続では不動産そのものを分けることになります。分割は簡単ではありません。
法人で保有していれば、渡すのは株式です。持分を分けられるため、分割の自由度が上がります。
相続を見据えた不動産投資については、福岡の相続税対策は不動産投資で決まるもあわせてご覧ください。
見落とされがちなコスト
ここまでは利点です。しかし、法人化には確実に発生するコストがあります。
設立時のコスト
| 形態 | 設立費用の目安 |
|---|---|
| 株式会社 | おおむね17万円〜25万円程度 |
| 合同会社 | おおむね6万円〜11万円程度 |
※電子定款の利用や専門家への依頼の有無によって変わります。最新の金額は法務局および専門家にご確認ください。
毎年かかるコスト
こちらのほうが重要です。
- 法人住民税の均等割……赤字でも年7万円程度が発生します(資本金1,000万円以下・従業員50人以下の場合の標準税率)
- 税理士報酬……法人決算は個人の確定申告より複雑です
- 社会保険料……法人は原則として社会保険の加入義務があります
均等割は、儲かっていなくても払います。「とりあえず法人だけ作っておく」という判断が、毎年のコストを生み続けることになります。
最大の論点:個人から法人へ物件を移すコスト
そして、ここが本記事で最もお伝えしたい部分です。
すでに個人で保有している物件を法人へ移す場合、次のコストが発生します。
- 譲渡所得税……個人側で、売却益が出れば課税されます
- 不動産取得税……法人側で、取得に対して課税されます
- 登録免許税……所有権移転登記に必要です
- 司法書士報酬……登記手続きの費用です
- 消費税……建物部分にはかかります。土地にはかかりません
これらは、物件の規模が大きいほど膨らみます。譲渡所得税の考え方は、売却時と共通です。新築アパートの出口戦略でも解説しています。
つまり、後から法人化するのは高いのです。
一方、最初から法人名義で取得していれば、これらの移転コストは一切発生しません。取得時の登記費用や不動産取得税は個人でも同様にかかるものです。
だから問いは「何棟目から法人で買うか」になります
この構造を理解すると、考えるべき順序が変わります。
「今持っている物件を法人に移すべきか」ではありません。「これから買う物件を、個人と法人のどちらで取得するか」です。
現実的な設計として、次のような形が考えられます。
- 1棟目は個人で取得し、実績と決算内容をつくる
- 課税所得が増えてきた段階で法人を設立する
- 2棟目以降は法人で取得していく
- 既存の個人物件は、移転コストと効果を比較して個別に判断する
どの形が適切かは、給与所得の水準、家族構成、目指す規模によって変わります。ここは税理士と金融機関を交えて設計すべき領域です。
判断のためのチェックリスト
法人化を検討する際は、次の点を確認してください。
- 現在の課税所得はいくらか……給与所得と不動産所得を合算した額を把握する
- 今後、何棟まで増やしたいか……1棟で完結するなら法人化の必要性は下がる
- 毎年のコストを負担し続けられるか……均等割・税理士報酬・社会保険料
- 家族に役員報酬を支払う実態があるか……形だけの役員は認められない
- 取引金融機関は法人融資に対応しているか……金融機関ごとに方針が異なる
- 既存物件の移転コストを試算したか……移さないという判断も選択肢
3つ目は特に重要です。1棟だけを長く持つ方針であれば、法人化しないほうが合理的な場合もあります。
福岡での実務における注意点
福岡県内で融資を受ける場合、地方銀行や信用金庫との関係が重要になります。
ここで1点、注意をお伝えします。
複数の法人を設立し、それぞれで融資を受けるという手法が語られることがあります。しかし、金融機関に対して関連する法人の存在を適切に伝えないまま融資を受けることは、信頼関係を損なう行為です。
地方の金融機関との取引は、長期的な関係が前提になります。目先の融資枠のために信頼を失えば、2棟目、3棟目の道が閉ざされます。
法人化は、金融機関に対して事業としての姿勢を示す手段でもあります。透明性のある形で進めることが、結果的に最短の道になります。
まとめ
不動産投資の法人化について、要点を整理します。
- 課税所得900万円あたりから、税率面で法人が有利になる可能性が出てくる
- ただし2026年4月に防衛特別法人税が開始されるなど、税制は変わり得る
- 法人化の価値は節税だけでなく、所得分散・欠損金の繰越・融資・承継にある
- 法人化すれば無条件に融資枠が広がるわけではない
- 赤字でも法人住民税の均等割が毎年発生する
- 個人から法人への物件移転には大きなコストがかかる
- だから重要な問いは「いつ法人化するか」ではなく「何棟目から法人で買うか」
法人化は目的ではなく、拡大のための手段です。
1棟で完結させるつもりなら、法人化しないという判断も十分に合理的です。逆に、複数棟を目指すなら、早い段階で設計を考えておく価値があります。
土地から新築アパートを建てる場合、取得の名義は最初に決めます。設計段階から法人での取得を前提にできることは、中古物件を個人で買い進めた後に法人化するより、はるかに有利な立ち位置です。
なお、本記事に記載した税率・制度・費用は執筆時点の一般的な情報に基づいています。税制は改正されます。また、個別の状況によって最適な判断は異なります。実際の法人化の可否・時期・スキームについては、必ず税理士および取引金融機関にご相談ください。最新の制度は国税庁および各公式サイトをご確認ください。
また、本記事は特定の節税効果や収益を保証するものではありません。
監修者
髙木 政利(セイコー・エステート&ディベロップメント株式会社 代表)
福岡を中心に、土地から新築アパートの不動産投資を支援しています。30年一括借上げの老人ホーム投資など、土地活用の選択肢も含めてご提案しています。
土地の仕入れから設計・建築まで一貫して手がけているため、2棟目・3棟目への広げ方を見据えたご相談にも対応しています。税務については、提携の専門家とともにご案内しています。
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